13cm 『ネコっかわいがり!』 感想 ―― 可愛さいっぱいの世界 (ネタバレ有)

 13cmの怪作 『ネコっかわいがり!』 (以下本編) とそのスタッフが制作した後日談同人誌 『WHAT A WONDERFUL WORLD』 (以下後日談) について。ネタバレが非常に重要な意味を持つ作品ですのでご注意を。参考資料として先に 『幸福の王子 - The Happy Prince』 を読んでおくと良いと思います。






 これは命を燃やして戦い続けた少女と、彼女が愛した人達の物語。


 公式にはネコミミゲーであるかのように偽装されているけれど、実際は何ともカテゴライズしにくい奇妙な作品。人類を試す奇病・DOTESとそれを撲滅せんと命を賭ける人々の、滑稽で絶望的な戦いを記した物語。そんな世界に魅せられてしまったプレイヤーも数少ないながら居ると思いますが、この作品にはもっと悪質で愛すべき後日談が存在する。それがC70で頒布された 『WHAT A WONDERFUL WORLD』 なのです。

ほら急いで! 時間が経てば経つほど、物事の意味は失われていくわ!


・[序論] 『ネコっかわいがり!』 ―― ダーリン、ミルクを下さいな、あなたの温度に暖めて。

Love love love me, please please dote up a cat. (どうぞ、愛してくださいな、お願い、愛してくださいな。)

 初っ端から酷い言い方なのだけど、この作品の構成はまさに悪質としか表現できない。徹底的に情報が抑制された序盤と、熱病のように広がる悪夢とも言うべき後半。それがほとんど演出的インターバルを置かずに訪れるのだから、読み手は呆気にとられる。ホント無茶苦茶で人を選ぶ作品で、同時に愛すべき作品。 (ある意味ではひぐらし的、とも言えるかも)

じゃあ行くね 雪が降りだす前に
貴方が守りたかった 貴方の居ない世界を守るために

 この作品はサブタイトルも面白い。 『PrincessBride!』 の時も結構凝っていたけど、今回は徹底的に皮肉な意味が込められている。もちろん本編前半部分の平和な世界はそれ自体が皮肉だし、優作を 「幸福の王子」 に例えるなんてどれだけ残酷なセンスをしているのか。そしてその極めつけが 『WHAT A WONDERFUL WORLD』 。あの世界が守るべき素晴らしいものだと定義して、アリスを徹底的に戦わせる実に残酷な言葉。

私は一人で宝石を運びつづける。あなたの願いをかなえるために。

 優作だけが幸福の王子という解釈は少し違うのかも知れない。診療所の彼ら全てがツバメで、同時に幸福の王子だったのではないのだろうか。世界を救う決意をアリスに与えたのは優作とノーマとフェイで、鉛の心臓を懸命に動かし続けたのはアリス。与えられる宝石や金箔はフェイ達の命で、運び手のアリスによって護られた世界が波だった。世界を救う為に狂ってしまったノーマの魂と、救えなかった海の命と、優しいフェイと優作の決意は、全て新しい世界 ―― 波と新しい命の為に。

A tale does not finish. It started now… (物語は終わらない。いま始まったばかりだ……)

 EDテーマのこの一節がまさかあのような後日談に続くとは、発売当時は全く予想してませんでした。もちろん本編だけでも完結しているし、充分に興味深い作品なのですが……さて、ここからがいよいよ本題。




・[本論] 『WHAT A WONDERFUL WORLD』 ―― ゆりかごから脳死まで、ずっとあなたのことが好き。

アリス…世界を護って。

 本編のエンディングでは、アリスがこれからも戦い続けるであろう事を予感させるエンドになっていました。しかしこの後日談はむしろ、アリスの戦いにちゃんとしたエンドマークを付ける為に存在しています。それはより厳しい戦いをアリスに強いる事でもあったけど、あの展開からではそうするしかなかった。そうでなければ、ノーマ達の死が嘘になってしまう。

この世界にどうしてDOTESが現れたのか。出来うるならこの真理をわたしは求めたかった。

 このノーマの遺言の一文は彼女の性質をよく表している。彼女はもうずっと前に狂ってしまっていたのでしょう。寿命を早めるクスリを使っても、妹に痛みを背負わせても、我が子を殺してでも、世界を救わなければならなかった。救う価値がある人が一人でも生きている世界なら、何としても。それは優作やフェイと同じ優しさであり、この作品の性質でもある。

ねぇ……この世界って、救う価値はあると思う?

 彼女の追い求めたDOTESの真実とは、一体何だったのだろうか。プレイヤーの視点からDOTESの存在について考えると、どうも人類に対して何らかの変革を求めているようにも見える。ノーマが死んでしまった今、もはやDOTESの意義やその後を求めるものもいないのかも知れないけれど、少しだけ追ってみたいと思います。

それでも、私にはまだやらなくてはいけない事があるのよ。

 何故波はワクチンでDOTESの症状から回復したのだろうか。おそらく本作ではワクチンという名前は便宜上使われているだけで、おそらく事実上の特効薬として開発していたのだと思います。 (作中では抗体とも記述されてますが、抗ウイルス治療薬? ワクチンと平行して開発していた可能性もアリ)
 波が記憶を取り戻したのはおそらく、過去にアリスと優作が開発し、作中でノーマが使用していた 「記憶のクスリ」 を応用したものが、アリスが波に打ったワクチンのアンプルの中に含まれていたからだと考えています。 (なつめえりさんの前日談漫画のノーマの台詞 「このクスリの研究を進めれば〜」 を参照) つまりDOTESは記憶を壊すのではなく、記憶の引き出しを封印するだけ。波の例から生殖機能も同様と考えると ―― やはり人類を絶滅させる為のものではなかったと思えるです。

誰かが愛している人が一人でも生きているなら、救う価値はあると思いますよ。

 選ばれた個体による世界の再構成? 記憶消去と動物化による人類の巻き戻し? 波があの年齢で妊娠したのも動物化の影響? 何にせよ、アリス達のワクチンによって人類が勝利したと考えたいのだけど……最後の最後、波の出産後の姿に耳が残っているのです。しかもその子にもイヌミミらしき兆候が見えます。このことは一体何を示しているのか。DOTESの目的が達成され人類は選別されてしまったのか、波とその子が最後のネコミミとイヌミミになりDOTESは根絶されたのか、ワクチンによってDOTES感染の症状を見た目の変化だけに押さえられるようになったのか、それとも只のアリスの幻視か ―― 情報が少なすぎてほとんど分かりません。なので今回は個人的な解釈にはなりますが、一つの折衷案を採用したいと思います。
 優作と波が子供を残せたことから、全ての人類のDOTES感染=人類の絶滅ではないと考える。つまりDOTESに対する耐性が高ければ繁殖し生き残ることが出来る。ワクチンはアリスが来る前の室蘭のセンター、あるいはそれを奪ったメジャーからある程度拡散され全世界に行き渡ったとして、その効果はDOTESの劇的症状を押さえ、繁殖可能な耐性のしきい値を低下させる。それによって人類は見かけ上 「耳が生えた」 だけで、近い未来に再び栄華を取り戻すことだろう。世代を繰り返す内に、ワクチンなど必要としない人類に誕生しているかも知れませんね。後の世代の教科書にはフェイ・マクリントックと伊勢谷優作、ノーマ・クレイン、そしてアリス・クレインの名が……刻まれることは無かった、とか。
 (ところで、マクリントックという変わった名字は、遺伝因子の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞したバーバラ・マクリントックに由来するんだろうか? もっと医学的にDOTESを解析してみるのも面白いかも知れません)

Nobody knows anything. (誰も何も知らない)

 しかしまぁ、こんなことは多分どうでもよいのでしょう。この作品はあくまで後世に残らなかった戦いを記述したもので、アリス達の歴史なのだから。波は護られた、それだけで生きた価値がある。

優作…あなたはどうしてわたしには何も残してくれなかったのですか? 姉さん…あなたはどうしてわたしにこんな残酷な使命を託したのですか? 波…あなたはどうしてわたしの大切な宝物を持っているのですか?

 本当に絶望的な戦いを続けるアリスだけど、この後日談はただアリスを酷い目に遭わせるだけのものではない。ウツロアクタがどのような感情でこの後日談を書いたのかは分からないけど、独りで戦ってゆく事になってしまったアリスに、戦いの決着と波の未来を示した事がその証明になるでしょう。アリスに与えられた最後の使命は、新しい世界の誕生を見届けること。その中でアリスに対する救いとして、波は記憶を取り戻しアリスを先生と呼んで、アリスは優作のところに辿り着いた。ネコミミ達に護られた波の向こう側にアリスが見た幻視、それこそノーマや優作が望んだ世界の、誕生の瞬間だったのだと思う。

 死んでいいなんて、誰が許してくれた? わたしの命はもうわたしのものじゃないんだ。それを思い出したら、こんなところで寝てられるか。

 その後のアリスはどうなったのだろう。波と共に生き延びたか、それとも2発分の銃創からの失血で死んだのか……現実的に考えれば、足を撃たれた状態から車を奪って逃走するのは難しく、また継続が予想されるメジャーの襲撃から逃れきれるとも思えず、おそらくあの幻視の中でアリスはその戦いを終えたのでしょう。それはとても悲しいことなのだろうけど、もうアリスを眠らせてやりたいとも思える。ネコミミ達にその役目を託して静かに、優作の元へ行かせてやりたいと。

ノーマと約束した! フェイと約束した! 優作と約束した!!
姉さん…あなたの娘をわたしは護る! フェイ、あなたのプライドをわたしは護る! 優作、あなたが愛したわたしを見てなさい!!

 アリスは優作達の先を生き、世界を護り、そして死んだ。塔から見える滅んで行く世界を憂い戦った王子の心臓と、王子を愛したツバメの命はようやく役目を終えて砕けたのでした。アリスが守れなかったのは波との約束、波を置いて逝かないという約束だけ。それくらいは、許してやってほしい。彼らの死闘は讃えられることなく、季節が終わった後にただ墓碑銘だけが残る ―― そんなひどく残酷で、ひどく優しいお話でありました。

「お疲れ様…アリス」
 優作の大きな手がわたしの髪を撫でた。それで全てが報われた気がする。


・[あとがき] 『ネコっかわいがり!』 に対する雑感 ―― 親愛なる詐欺師に宛てて

あれはそんなお話だったのです。
精一杯の誠意で作られたペテンです。
どうかだまされたフリをして下さい。

 ウツロアクタが同人誌の中で書き残した言葉は、シナリオライターとしてはどうかと思う言葉では思います。ギリギリの状況と成り行きで内容が決定したことを白状してるのですから。設定的に無理がある部分もあり、最初にも書いたとおり誰にでも薦められる作品ではありません。

クスリ出したり、注射打ったりするのに、愛がいる?

 しかし物語に触れる上で、何の意味があるだろうか? この物語はひたすらにアリスに試練を課し、彼女の最期までを責任を持って見届けた。これ以上の誠意は無いと思います。ペテンだろうが何だろうが手抜きには感じられなかったし、この狂った世界の根底には果てしない愛がある。売り上げ的にはかなり悲惨な結果だったこの作品ですが、好きな人は徹底的に好きになる作品。OPの一節 「but it's toxic (ただし、中毒性アリ)」 に忠実。

In snow land there are no memories. (雪国に想い出はない)
We are forgotten on the stairway to heaven. (わたしたちも天国への階段で忘れられた)

 そう、OPとEDの歌がまたこの作品には非常に大きな効果を示しているのです。平和すぎるOPテーマと、悲しすぎるEDテーマ。 あなたがいるから獣のままでいい ―― 優作が失われる事が分かってから物語が動き出し、アリスとノーマは本当の役割を取り戻す。
 しかし本編EDの 「Sweet outbreak」 でさえ、 『WHAT A WONDERFUL WORLD』 の幕開けを示す歌でしかないのでしょう。叶わない願いかも知れないけど、アリスと波とその子に歌を贈ってあげたかった。アリスが護った、新しい世界の誕生を祝う歌を。

だから、素直にお医者さんのいう事を聞きなさい。

 しかし、何度読み返しても 『WHAT A WONDERFUL WORLD』 は素晴らしい。もし後日談としての必然性を取り払ったとしても、それでもなお輝く作品。CDに収録されている後日談だけでなく、なつめえりさんの前日談の漫画も同じく素晴らしいものです。製作スタッフがどれだけこの作品に愛着を持っているかが伝わる気がします。それが幻視だとしても構わない。どんなペテンだとしても、ここまで付き合える作品を作ってくれた事に感謝したいと思います。

なんてすばらしき世界だろう。

 ……でも本当は、アリスに生きていてほしかった。波も海もノーマもフェイも優作も、死なないでいてほしかった。この作品に対する感傷の正体は、多分そういうシンプルなものなのだと思う。こんな傷だらけの世界を作りやがった連中が憎らしく、でも同時に感謝もしている。そんなヘンな作品なのでした。