130cm 『彼女たちの流儀』 感想 ―― 無限遠方の他人

 みやま零先生入魂の一作。一目見て分かるとおり非常に手の込んだ絵を使っていて、さらに一部シナリオも書いているのだから驚き。そのお陰か、作品に対して絵素材が良く噛み合ってるような印象を受ける。ボリューム的に大作とは言えなくとも満足感は高め。


 共通部分について長く書いても面白くないと思うので、シナリオ各論。もちろん完全にネタバレなので注意。



・ 白銀鳥羽莉 ―― 圧倒的弱者

君は、本当に吸血鬼に向いていないんだね。

 鳥羽莉について語るべきことは少ない。彼女が何を思って胡太郎と接していたか、という一番の要素は朱音・千佐都シナリオ及び 「月の箱庭」 を通して充分に語られている。(むしろ語られすぎている感じもある) 彼女について語るべき事があるとすれば、本編エンドと 「月の箱庭」 の取り扱いだろう。胡太郎と鳥羽莉の物語の着地点として、それぞれがどういう性質を持つのか考えてみると面白い。

何もかも捨て去ったとしても、寂しさだけは消える事はなかったんだ。

 個人的な結論では、鳥羽莉の物語として正当であるのはやはり本編シナリオの方であったように思う。それは彼女が自己を保ったまま答えを探している過程が描かれているからだ。彼女は吸血鬼である自分を嫌っていて、その自分のまま胡太郎に触れるのを怖れている。胡太郎に存在を認められた上で、自分を肯定する手順。これを充分に実現する過程を経て初めて彼女は永遠を認められる。

だから……ねえ、鳥羽莉。この一瞬の事を、もっと大切にして欲しいんだ。永遠の君に。

 一方 「月の箱庭」 では、フラクタル種の能力によって胡太郎の願望が発現する。鳥羽莉は胡太郎に、胡太郎は鳥羽莉に届かないと諦めたままなのに、それをナイトが一気に埋めてしまう。鳥羽莉の内部が整理されないまま、彼らの持つ永遠について考えることを放棄したまま状態が固定化される。

だからここは私の立つべき場所。
私の存在するべき舞台。

 彼女達を支配する、世界の原理に反抗するには彼らは幼すぎる。今は少しだけ現実を忘れて、もう一度成長する為の時間を。なるほどそれらは「優しい嘘」で、鳥羽莉を死せる月の元へ還す行為でもある。この辺りはナイトが胡太郎の潜在的な願いを汲んで、鳥羽莉を守る存在にしたということだろうか。

今度は、少しだけ強くなったと思う。

 千佐都の料理が貶されている事も無視できないその繊細さが彼女の流儀。彼女の弱さの中に人と人の永遠の断絶を見たのは自分だけだろうか。他人の全てを支配することは出来ない、いつか裏切られるかもしれないから愛さないというロジックは、初期の飛鳥井霞にも似て愚かしくも愛おしい。永遠を持つ彼女たちも心理的には結局人間でしかないという辺りにこの作品の皮肉があるのだろう。最後に取り残された彼女の孤独は、永遠の命に起因するものでは無かったのだから。



・ 白銀朱音 ―― 永遠に幼い朱

でも、その願いは叶ったの。あたしは吸血鬼になって本当に良かった。

  朱音からは素晴らしい命の匂いを感じる。涼月が絶望と死に向かう美しさだとすれば、朱音には今を誇る命の美しさがある。永遠の命さえ楽しむ素直さ。朱音の周囲を巻き込む強さに、鳥羽莉は嫉妬しつつも依存していたのだろう。朱音はその聡さによって、鳥羽莉が15年掛けて出した当たり前の結論を飛び越えて行く。流石に創作家だけあって、彼女の言葉は非常に美しく素直にその心を表す。その翼を暖め続けた朱音は、停滞していた鳥羽莉をいつの間にか追い越していた。

あんな言葉が、私にもあればよかったのに。

 鳥羽莉は朱音に負けたかのように振る舞うけれど、別に悲観的になることもない。朱音の 「最高にハッピー」 は鳥羽莉を抜いた形では成立しないのだから、鳥羽莉は胡太郎や朱音との絆を失わない。「月の箱庭」では胡太郎と2人で自由を取り戻すが、朱音シナリオでは胡太郎と朱音の真っ直ぐな力によっていつか鳥羽莉も素直さを取り戻すだろう。

――保障なんか必要ない、今この場で僕が証明してみせる。
キミのなかに眠る魂が、人となんら変わりないことを。

 朱音は鳥羽莉に代わってレミューリアを、自分の願う世界を演じることで初めて確固たる個を獲得した。新しく生成された朱音を頂点とする3人の関係は驚くほど安定している。鳥羽莉の弱さも肯定して、想いの中に永遠を孕む。朱音シナリオにおける鳥羽莉に対しても 「true eternity」 は適用可能で、朱音の背中を追い掛けて鳥羽莉もいつか飛んで行く。既に人の社会から外れた彼女達の前に、心で結ぶ関係を遮るものは無い。

あたしが、あたしという存在のただ一つの答え、だよ。

 ひょっとしたら、このシナリオの胡太郎ならいつか朱音達と同じ存在になるかも知れない。別に朱音や鳥羽莉が何も考えずに胡太郎を同化するだろうということではなく、朱音シナリオの彼らなら世界を敵に回しても大丈夫かもしれないと思えるのだ。ずっと幼い今を繰り返して、さよならのない旅をしてゆく ―― 鮮やかな月の光の下を。

共に行こう、永遠に続く夜の中を。

 (この作品の中では非常に明るくて、個人的には気に入っているシナリオ。永遠に関する話の中では非常に安定しているパターン且つ高品質だったように思う。ネコかわのミケズでもお馴染みのあさり☆さんが良い演技をしてくれたというのもあるだろうし、三人という関係性がよく見えたからでもある)



・ 由希せせり ―― 少女幻想

そこにもうひとつの世界があったっていうか……
物語がね。目の前で、ちゃんとした形になってあったんですよ。そこに。

 理想的少女であり、ひどくポジティブで、背景を感じさせないせせりという現象。彼女は無垢の上に努力と才能を持ち、他の人間を圧倒する。恋のきっかけさえ計算された角度を保つ。歪な構造を持つ人間がほとんどであるこの作品において、空気のように存在しながら、いつの間にか胡太郎を支配する。破瓜の傷みさえない彼女という人間は、果たして本当に存在していたのだろうか。

僕の知らないレミューリアが、そこにはいた。

 もしかすると、毎日を演じていたのはせせりも同じなのかも知れない。一瞬だけ顔を覗かせたせせりの家庭事情。 「父親はいません」 と屈託なく言い放ってみせるせせりと、母親との特殊な関係。そこには胡太郎が到達できなかった真実があるような気がしてならない。 (提示される要素があまりに少ないので推測は出来ないけれど)

だって、こんなに嬉しい気持ちでいっぱいなのに、死んじゃったらもったいないじゃないですか!

 自分を見詰めず世界を巻き込むせせりと、自分を強く見つめて自分を偽らない涼月は対照的に見える。そのせせりが鳥羽莉の代わりにレミューリアを演じるのはとても興味深いことだろう。千佐都のような破壊的手段に因らず、静かに浸透する他者 ―― そんな風に見えてしまうのは、自分の視点が歪んでいるからだろうか。読み手も胡太郎もいつの間にか鳥羽莉の存在を忘れてしまっているというのも、少し怖い。

小さくて、可愛くて、勇敢な、無敵のドンキホーテ白馬の騎士

 しかしせせりのパーソナリティが演じられたものだとしても、どこかでそれを本物にしようという想いがあったのだろう。現実と妄想の区別が付かなくなったドン・キホーテにせせりを例えるとは、胡太郎もなかなか。理想で現実を上書きするための愛しのドゥルシネーア、それが兎月胡太郎。彼女の愚直さはいつか煉瓦の風車すら打ち倒すだろう。胡太郎が鳥羽莉を振り返る間もなくせせりに魅了されてしまったように。

『好き』――なんて言えなかった。だけど『好きじゃない』――っていうのも嘘だった。
だから、『わからない』――。

 とにかくせせりは見方を変えるととても面白い。白銀鳥羽莉の全貌が詳細に語られすぎている分、せせりや涼月の最終的な 「分からなさ」 が強く興味を惹く。鳥羽莉・朱音という人外の存在を使って理解し合う人間の姿を描いて、せせり・涼月という只の人間を使って完全理解の不可能性を描いたのだろうか。

夢の中でボクはネコさんで、ボクの前にもネコさんがいたんです。

 エピローグのタイミングでこれだ! ……せせりという存在に嘘臭さを漂わせた上で、さらに罠を仕掛けるとは予想してなかった。この一節は 「月の箱庭」 まで経験してきた受け手にとって不安を固定化する程の重さを持つ。せせりの表情を仮面と見たことさえ幻覚? せせりシナリオはフラクタル種が創成した胡太郎の逃避? 鳥羽莉から発生した可能性? それとも、フラクタル種の寂しさの残照? 「最高にハッピー」 とは、何周目の世界に発生するものだろうか。



・ 秋名涼月 ―― 偽らざる者

死せる月といえども、天に浮かんで星となった以上、私の修めた理の内。

 本当のところ、彼女がいかなる存在であったかはよく理解できていない。何処を目指す者なのかが分からないとかなり解析しにくい。過去の経験に由来する若い絶望に可能性を閉塞させてしまったのか、それとも何かを生み出す前段階なのか。彼女のアンバランスな美しさの前には説明は不要とも思えるが、そこで諦めては読み手の沽券に関わる。

こうして女の子の格好をして、女の子のフリをしながら、デートの待ち合わせをしている僕が……すごく、恥ずかしかった。

 涼月を解く鍵はノリコにあるのかも知れない。逸脱を根源に持つ涼月は胡太郎をかき乱して、さらに突き放す。胡太郎が男であることも、自分が女であることも否定したがる涼月。鳥羽莉に続いて涼月のような少女に惹かれる辺り、胡太郎も相当難儀な性癖を持っているんだが ―― 鳥羽莉を 「偽り」 だとするなら、涼月は 「否定」 だろうか? セカイと自分の位置関係を、何かを否定することで定義する若さが見せる一瞬の夕焼けが涼月そのものだとすると、彼女の行き着く先は何処になるのか。

……お前、いつも 『大嫌い』 ばかりだからさ。

 重力からの解放を望んで飛び立っても、世界の手は彼女の脚を掴みその臓物を地面にブチ撒けようとするだろう。命を失うか、世界と折り合いを付けるか、それこそ人間を止めてしまうかくらいしか思い付かない彼女の未来。しかし胡太郎が空気も読まずに涼月を救ってしまった。ある意味では、このシナリオで涼月は胡太郎に殺されているんだろう。鳥羽莉が胡太郎に壊された事を考えると、胡太郎は前向きで酷い奴ということになりそうだ。

紅い夕陽を背にして、燃えるように波打つ髪。
僕をじっと見下ろすその少女は、間違いなく涼月だった。

 一つ面白いのは、涼月がせせりに憧れ続けていること。涼月は一度白銀姉妹に同化を申し出ている。その彼女が吸血種の地平・フラクタル種かもしれないせせりに憧れている ―― もし本当にせせりが人間でないとすれば、涼月はどこかでその真実を見抜いていた事になる。涼月はその見通す力によって自分を見ることで崩壊しかかっていたのか、とも思う。

私は生まれ変わる 自由な夢を抱いて
素直なこの気持ちを 君に届けるから

 彼女の性質上、エンディングには 「true eternity」 とは別の曲を用意してやりたいところだ。彼女が聴けばこんなに巫山戯た詩もないと憤慨するだろう。そう、涼月を演出する上でみやま零氏の絵は素晴らしい効果を発揮していたように思う。もちろん白銀姉妹、セレスやレミューリアの描写もかなり精密だが、涼月関連のCGにはどう見ても他の絵以上の魂が込められているように感じた。この辺りはやはり本人の思い入れだろうか?




・ 花葉千佐都 ―― 盲目の魔女

ねぇ、またなの? またいつもみたいに、わたしは鳥羽莉に負けるの?

 千佐都はこの捩れた作品にあって一番分かりやすい言動をしてくれる。その感情的で直線的な行動によって鳥羽莉から胡太郎を奪う様は全く容赦が無く、まさに "根こそぎ" だ。本来弱い立場にいる鳥羽莉をオーバーキルし、劇を台無しにしてでも胡太郎を奪い取る。白銀という非日常のルールで動く物語を完全に破壊してしまう千佐都は、魔女を思わせる。 (人間こそが吸血鬼にとって天敵だという構造とも)

――わたし、絶対負けないんだから!

 彼女を怖れる言葉は全て鳥羽莉側の視点から見たものである。千佐都から見れば単純に恋をして、鳥羽莉から胡太郎を勝ち取っただけの話だ。なのに彼女が全く支持を得られなかったのは、やはりやり方がスマートではなかったからだろう。彼女は何も残さない意思で全力で戦った。鳥羽莉は千佐都という思い出を無視できなかったのに対して、千佐都は鳥羽莉を完全に敵として認識している。

僕は、どうして千佐都に恋しなかったんだろう。

 それはもちろん千佐都が鳥羽莉の事情を知らなかったからだろう。彼女があまりに無知すぎた為に、鳥羽莉の事情を知る読み手側とは完全に乖離する。(最初に鳥羽莉ルートを攻略した場合には特に) そして事情を知る筈の胡太郎まで彼女の情熱に流されてしまうので、鳥羽莉だけが傷みを背負う。彼らは鳥羽莉を壊して、忘れて、完全に殺しているのに 「また三人で分かり合える」 と思い込んでいる。胡太郎というレミューリアに見捨てられたセレスは、鳥羽莉は……世界に飲まれ塵と化すしかないだろう。

レンズ越しのうるんだ瞳が、僕を射た。ああ、なるほど。恋をした女の子って、こういう顔をするんだって、まるで他人事みたいに感じた。

 目の前の敵を叩き潰すことしかできない彼女の流儀は、些かエレガントさに欠ける。美しさに惹かれ続ける胡太郎にはその泥臭さは似合わない気もするし、涼月と胡太郎の歪で無二な関係や朱音と胡太郎の無敵な関係に比べて凡庸な感じも否めない。そして何より、彼女は悲劇を繰り返すしかない。白銀の血は途絶えず、再び千佐都は白銀鳥羽莉の幻影に怯えることになる。

――あたしが赦してあげる。

 火乃香は胡太郎が普通の人間である千佐都を選んだことを知って安心したのだろうか? それとも白銀の血の悲劇が繰り返されるだけだと諦めたのだろうか? 妹とも娘とも言える鳥羽莉と朱音の心情を考えると、火乃香からすれば非常に複雑な状態なのだろう。それでも彼女は、胡太郎のもう一人の姉として非常に優秀な人であったように思う。何かが壊れて置き去りにされてしまった千佐都シナリオの最後に彼女が赦しを与えたことは、大きな意味を持つ。例え千佐都が胡太郎の母親と同じ不幸を繰り返すとしても。




・ 弓曳火乃香 ―― 最後の家族

人の生き血をすする彼女らは、あたしたち人類の敵だ。

 恋愛として見るべきところは少ないが、作品の心情と設定については重要な点が多い。吸血鬼の管理は全世界的に行われていて、白銀も例外ではない。鳥羽莉達、白銀の吸血鬼がどの程度の権利を持つ立場だったのかは分からないが、最低限の人権に属する部分は認められているようだ。少なくとも転化可能性の無い吸血鬼因子持ち (つまり白銀の父) について婚姻は認められているし、満月の行動を見るに生存の為の輸血パックの確保などもしていると思われる。

けれど、己の力を過信して、惰眠をむさぼり、赤の女王仮説に負けた吸血鬼は、屈辱的な休戦協定を受け入れた。

 しかし 「月の箱庭」 で火乃香が語るには、吸血による同化は厳しく制限されているらしい。やむを得ず同化した胡太郎が実験動物扱いされていることからも、管理側としては「無制限な増殖を禁止しつつ、管理できる状態での生存を許可している」 状態だろう。研究者の立場からすればこれほど可能性を持つ素材はないだろうし、なかなか面白い構造だ。これらは鳥羽莉シナリオに大きな影響をもたらす。

……そうさ。吸血鬼なんか、大嫌いだ。

 火乃香が怖れた世代間の繰り返し構造は、白銀将太郎―白銀満月と兎月胡太郎―白銀鳥羽莉、槍持蛍―白銀満月と兎月胡太郎―弓曳火乃香に見られる。姉弟という届かない距離、管理官と吸血鬼の関係。やはりこの作品に漂うのは血の香り。全体を通して縛られる要素の多い彼女達の流儀に、胡太郎のある種の愚直さがどこまで通用するのかが作品の要だったように思う。

だって、好きなんだよ? 一緒にいたいって、思うんだよ?
それだけで、怖い事なんて何もないよ。

 自分の父親の行為を繰り返してしまう事を怖れて逃げようとする火乃香。それを救うのがバカの胡太郎と自分勝手の朱音、という辺りがまた素晴らしい。少なくともこの作品で朱音の素直さに敵う存在は居ないのだろう。彼女が吸血鬼の血を憎んでいるのは、その血が鳥羽莉を苦しめ続けている事も関係している筈。その血さえ楽しむ朱音や満月には、火乃香は特に弱いのだろう。

遠い所にいた僕を、日傘を差して迎えに来た火乃香さんは、「おかえり」と言って迎えてくれた。

 鳥羽莉シナリオや朱音シナリオが終始個人に拘っていたのに対して、火乃香は「家族」という役割を一人で充分受け持った。朱音と鳥羽莉と胡太郎の家族として繊細な彼らを支えた。最終的には火乃香も白銀の母となってしまうのが、彼女には白銀に対しての覚悟がある。白銀の血を繋ぎ母となる彼女の持つ覚悟が不幸を抑制出来るかもしれない。案外、胡太郎と白銀の血の決着としては意味深いシナリオなのだろう。

結局、彼女たちも人間だったから。

 この一言で、『彼女たちの流儀』という作品に美しく幕を引こう。一人俯瞰できる立場にいる彼女の言葉だから、信用に値するだろう。