Lump of Sugar 『Nursery Rhyme -ナーサリィ☆ライム-』 感想 ―― 想いは優しいキスで

・ 序論
 アクの少ないテキスト、万人受けする絵柄、軽量で安定動作するエンジン、ベテラン多めのCV陣、実績ある集団によるBGM&ボーカル曲。この外面的なバランス感覚は素晴らしい。4人のシナリオライター体勢に由来するシナリオのクオリティの違いは多少気になったけれど……それを含め、歪んだ視点から見れば強烈な商業主義ではある。しかしこれが売れなきゃおかしいだろう。個人的にはかなり好きな作品。メーカー名の Lamp of Sugar (訳:角砂糖一つ) とタイトルの Nursery Rhyme (訳:童謡) が示す通りの緩くて平和な世界でした。 (一人を除いて)


 以下ネタバレ有り13KB。特別な感想を書くような内容ではないんですがね。



ティータ・F・ブラント ―― 名前を呼んで

あなたはいつも、心が穏やかなのかもしれませんわね。

 いわゆるひとつのツンデレ
 ツンが強めというか、瞬間的なデレ時空はあっても長期的なデレ状態には陥らないタイプ。静真が一貫して同じ態度というのも面白いな。ツンデレ系でもお嬢様タイプだから、主人公 → ヒロイン という感情は早い段階で完成される。(これが悪友タイプだと主人公側の認識の改変が必要になる) 個人的な好みではティータ的なタイプこそツンデレの概念に合っていると思うんだが、その辺のカテゴライズは面倒な話になるので割愛。

だとすれば、もっとクレバーな戦争をするべきだよ。

 お嬢様としての描写はやや適当な感もあるが、彼女に対する静真のスタンスってのは良くできてたんじゃないかな。あくまで冷静に、自分の能力を越えないところでサポートする。ノーガードで近くまで寄るが相手の核心には踏み込まない。時に背面、時に前面……言い様はいくらでもあるな。ティータみたいな人間にとっては側に置きたくなる、パートナーにしがいのある男だろう。

ティータに名前を呼んでもらえたら、それは特別な意味を持つんだ。

 呼び名はすなわち相手の認識でもあるから、古典的だが効果的だと思う。世界を変革させるのはいつでも些細な一言。その辺の事情から告白シーンに関しては作中最高の出来かな、と。生徒会選挙はこの為の前フリにすぎない。静真の普段の姿に対してキザすぎる台詞が、良い感じにティータを混乱させてるのが分かる。 (まさかそのままエロシーンへ移行するとは思わなかったが)

朝起きたら好きな人が隣にいてくれるというのは、ひとつの理想だと思う。
なぜなら、眠るときは絶対に一人になってしまうのだから……

 ラストはあっさり終わりすぎかと思うけど、ツンデレは相手を柔らかくする工程を楽しむモノだからね。どうやら吉川先生の声があまり評判が良くない件については、有希奈問い詰めなどのシリアスな場面でキッチリ役に乗れてたと思うので個人的には問題なし。



・ 巴有希奈 ―― 決着は自らの手で (ここだけ電波文章)

わたしが静真くんになびいて、何が悪いの?

 いやー、性根の腐った奴だな。実に馴染む。有希奈が黒いというのはプレイ前から聞いていたが、やはり一人くらい邪悪な人間がいないと面白くないねぇ。恋愛において盲目は必然で、利用するもされるもまた必然。一段掛け違えただけでバランスも判断も狂ってしまう。しかし予想通りに八つ当たりで関係ない相手にまでビンタをかますとは、この女相当イイ感じに腐敗してるな。こうなると簡単に更生させてしまうのは惜しいというもの。

わたし、最低でしょ? もういいじゃない、それで。

 有希奈は物語の序盤において、静真と同じく各事象に執着が薄いように見える。自分の後ろ側に見かけ上大きな執着 (ラエル) があってそれ以下についてはそこそこにこなすだけの方向性で、要は傍観者を気取っている状態。こういう人間に対して手酷くダメージを与えてやった場合にどうなるのかというアプローチ、個人的には大好きだ。ラエルに対する執着に対しての期待自体が持続的ではあっても曖昧な集合で、それを失っただけで世界から見放されたかのように振る舞う有希奈は弱いのか、それともそのポーズ自体があざとさを示しているのか。自分がラエルに到達できないことが判明した時点で 「傷ついて見せる」 ことで静真を捕捉した、と。それはいくらなんでも非道いか。
 (前半の静真に対する行動は弟的存在に対する愛情由来というより、キープ行為と考えた方が面白いかも。なんてひどい……いや、なんてしっかりした女性でしょうか。自分の願望がそれほど現実性の高いものではないと理解していたすると、よりいっそう荒んだ話になるね。まさかその扱いやすそうなキープ君・支倉静真にしてやられるとは思ってなかっただろうけど)

あなた、最低ですわね。

 この問い詰めには正直心が躍ったね。踏み台にされると輝くキャラ・オブ・ジ・イヤーのティータさんが素敵すぎる サブキャラ症候群もここまで来るとお笑いですよ。有希奈もサポート型サブキャラ向きの性質を持ってるけど、ティータに似合うのはあくまで 「踏み台」。さすが万年No.2。
 この部分の類型として 『水月』 の雪から花梨に乗り換える (現実方向に引き戻す) シナリオがあるが、それに近い形で静真をティータに移し替えるシナリオがあっても面白かった。きっとティータは、静真が本当に擦り切れてしまいそうなら無理にでも彼を守るだろう。有希奈が指摘した通り静真が好きであること、有希奈の変貌の根源が兄のラエルにあること、彼女の正義が有希奈を許さないこと、そしてどこかで孤独を癒したいと願っていること、それらの為に。静真が巴邸に居られなくなるのは間違いないので、ブラント家で保護してもらわなければならない。平穏な生活を失い、ティータと有希奈の関係は最悪になる。それでも静真が自己の防衛を望むならティータは応えるハズだ。 (実際は、有希奈に利用されていることに関して静真がほとんど疲弊していないという異常な状態の前に、ティータの感情は押し流されてしまう。何にせよ静真は規格外であるのは間違いない)


 思い出というファクターを最も強く持っていたのは有希奈だ。しかし有効に機能していたかというと微妙なライン。九月頃の一方的な展開 (静真→有希奈という感情の流れ) の方に目が行ってしまう。ティータシナリオと合わせて押し花というのは重要なアイテムで、テーマ的に 「思い出を忘れる必要はない」 という風にしたかったと思うんだけど、静真のスタンドプレーで曖昧なまま終わってしまった。ここは残念な箇所。

わたしをそうやって、勝手に形にしないでよ……!

 比較に意味がないこと、恋愛は全て自分自身に帰結すること。その段階に至った静真が、他者を観測することを止めてしまった感情が有希奈を健全 (に見える形) にするなんて、まるで理想的な状態じゃないか。追い詰めることに関して静真は結構な才能を持っている。静かに包囲し、他人を塗り替える ―― そうして静真の世界は正しい姿になった。

どうしてそんな目で、私が見れるの?

 そんなの相手を見ていないからに決まってるじゃないか! 追い詰められて察しが悪くなったな。まぁ、静真に静かに調教されていたのは自分であると気付けなかった時点で敗北は決定的。元の形になったと思いきや立場は反転し、覆ることはないだろう。




・ 敷島クルル ―― オトナになるための256の条件
 舘川さんはどう見ても透子です。

僕がクルルちゃんをおんぶしてからずっと、アズは一言も口を利かなかった。

 テーマとしては 「大人と親子」 か。しかし微妙な感じ。
 凛シナリオよりは幾分かマシなんだが、静真の持つ背景 (能力について隠蔽されていること他) からして親子関係を主題にするのは難しいかな。そしてどうにも説教臭い感じが強い。主張をどう飾り付けるかがシナリオだというのに! とも思う。

…………やさしい言葉、禁止。

 結局この子は全て計算済みの行動をしていて、アズに象徴されるその歪みを統合していく形になる。アズに関しては魔法で稼働するクルルの無意識体という定義でいいだろうか。全てクルル自身の意志で喋らせてるようにも見えるが……あまりその辺りの説明はなかったね。結果から見ればエピローグでアズが活動停止していたこと、クルルがそれに付いて言及しないことからアズは全てを自覚した状態のクルルによって運用されていた、ということになるだろう。

下らなくなんかないっ!

 結末としては意外性に欠けるけど安心はしたかな。 『ToHeart2 XRATED』 のささらシナリオのように両親が病んだ人間ではなかったことには特に安心した。あの二人も多少腐ってるけど、タカ坊と違って静真は味方として信頼できるし。そうそう、クルル大人バージョンを見て絶望したのは俺だけじゃないはず。この作品のメンバーでクルルの存在意義はロリ以外に存在しないだろ。これだけは間違いない。


 舘川さんはどう見ても透子です。




・ 凛・リム=ウェルス ―― 捨てる? ねえ捨てるの?

嫌いだよ、こんなわたし……

 ドジ系はおおよそこんな感じのテンプレート、という感じ。
 凛はいらない子ともっぱらの評判ですが、そう言われても仕方ないかも。同じ事を繰り返してるというか、同じような展開ばかりで内容が薄いというか。魔法に関しても背景が薄いのでどうにも上滑り気味だったが、大失敗の後の喫茶店で凛がブチ切れるところは良かった。持つ者と持たざる者。まさかあのタイミングで静真の魔法の才能が発現するとは思わなかったが、それは凛にも同じ事が言えるワケで。かくありたいという願いはこの人とクルルが非常に強く持っている。対して静真の才能への執着の無さは確実に人間離れしていて、それは凛にとって如何に腹立たしいことか。

わたしが本当に許せないのは、何でも持ってるくせして、それをつかおうとしないことっ……魔力……可能性が開けているなら、どうしてそれを活用しないの? まるで必要ないみたいに振る舞って……それじゃ欲しいのに得られなかった人間が、あまりに惨めすぎるじゃないですかっ!

 それはエゴだよ、と思いつつも、相当強烈なドジの属性を外部的に付加されてしまった人の言葉と考えると案外侮れない。ヲタ産業におけるドジ属性にはテレビでよく見受けられる障害者ドラマと同じ側面があるし、凛は受け継ぐべき才能を受け継がなかった 「望まれない子供」 でもある。しかし皮肉なのは、彼女の言葉は結局静真に何の影響も与えていないということ。凛シナリオに限らず、静真は他人に影響を与えることは多くても影響を与えられることは少ない。 (静真は自分を変化させるものに対して強い耐性を持っている) 彼女の怒りは静真に届かなかった、と。凛のような弱者は追い付くこともできずに、手を引かれたまま彼の背中を見つめるだけ。


 (しかし凛は一段と原画が安定してないな。エロシーンあたりは確実に毎カット別人に変身する。判子絵とはある意味対極にあるが、許容できるかどうかのセンスは判子絵も別人絵も同じようなモノだろう。個人的には両方平気なのでどうということはない)




・ 巴真紀奈 ―― eyes on me

僕はそういう存在じゃないけど、真紀奈ちゃんのために何かしてあげたいんだ。

 自分に出来ることを模索するって大事だよね、うん。月並みな話だけど 『ToHeart2 XRATED』 をプレイした後だと染み渡るわ。 (比較対象が悪い) 慎重であるのは変わらないんだが、あくまで正確な答えを導く為の慎重さ。それはよく一足飛びになったりヘタレになったりするエロゲにおいては大切にされるべき。 (一人のヒトに継続という力と自己を省みる能力が揃うことはまず無いから、物語の世界はそれを求め続ける。そうした欠落と欲望から生まれたモノが大多数に好まれるのは当たり前、とも。)

いつだって、自分を甘やかして失敗してきたんだ、あたし。

 恋愛要素としては面白くないかな、と思っていたんだけど。
力業で解決しようとしないってのは自分の理想型。主人公は等身大である必要はないけど自らの延長線であってほしいと願っていて、その面で真紀奈シナリオは脳に染み渡った。双子の役割が正反対というのもなかなかに面白いね。デートイベントが分かりやすく対になっていて、世界から祝福された真紀奈と孤独に定着しつつある有希奈という構図になる。その後の展開として有希奈は個人の問題に収束していくが、真紀奈は周囲に愛されることで進行する。当人同士の問題が解決したことで世界との接続を取り戻すのに対し、世界によって問題が円滑に解決される。圧倒的な断絶と丁寧な対話。
 そして真紀奈の告白のきっかけになるのは二人三脚である。そこまで王道やるか普通? とも思わせるが、徹底することで価値が発生した。優しげで微笑ましいこのシナリオこそ、童謡たるこの作品を代表するものであると断言できる。

別にお化粧とデートしている訳じゃないよ、僕は。

 こんなこと言っちゃう静真はやはり天然か。ありがちな展開ではあっても、このシナリオではテキストが肌に合うこともあってすごく良かった。王道だけに特殊な感想はないんだけど、それでも良かったと言いたくなる。言わせてくれ。




・ その他のオマケ (戯言風味)

機嫌の悪い女の子には逆らわない。
これが僕がこの街に来てから学んだ最大の処世術のひとつだった。

 シナリオの担当については、大三元氏と秋史恭氏しか他作品 (それぞれ 『Clover Heart's』 と 『フォーチュンクッキー』) を知らないのであまり考えないことに。一応高嶋栄二氏は 『銀色』 をプレイしてるが流石に忘れてるし。構造上おそらく有希奈シナリオと真紀奈シナリオは同じ人じゃないかな? って位にしておく。

人間、怒るべき時には怒らなくちゃダメなの。だから、あたしはあんたを責めたりしない。

 エンディングは弱めの印象はあるけど、特筆すべきは真紀奈シナリオで聴けるピロートーク的な部分だろう。心理描写としてのエロシーンを至上とする自分としては、事後の睦言というのは非常に重要。恋愛の到達点としてのエロ要素という考え方は一般的なんだから、もっと世のエロゲはエロシーンを物語の一部として考慮してあげてほしい。

恋人の距離は簡単に分かるのに、家族の距離って難しいよね。

 問題点としてはやはり複数ライターによるシナリオの雰囲気の違い、選択肢管理の分かり難さか。シナリオライター4人はあまりに多く、この程度のボリュームなら2人程度で担当するべきだったのでは? あまりに王道なシナリオについての文句も多いみたいだが、そこを否定するとこの作品のコンセプトを否定することになってしまうだろう。そもそも公式ページを見ていればそんなこと分かりそうなものだし……

家族に家族のモノを貸すのに理由なんて必要ないでしょう?

 家族の形。結局エルファンで元魔法士らしい静真の親や巴家の亡き父については語られないままだった。家族という要素はこの作品でも大きく扱われているが、 『智代アフター』 『ToHeart2 XRATED』 『Nursery Rhyme』 と続けてプレイしてくると不思議な気分にならざるを得ない。家族という括りで当たり前に愛することがどれだけの強大な奇跡か、それは創作の中でも変わらない。創作は人の中から生まれるから。

どんな言葉より一つの行動が勝ることがあるのよ‥‥‥まさに魔法だわ‥‥‥

 たったこれだけの仮定を否定する為に我々は生きている! そして対話によってヒロイン達の不安を取り除いてみせる静真は実に輝いているのだった。一番のお気に入りキャラは主人公、というオチで終了。