ぱれっと 『もしも明日が晴れならば』 感想 ―― 愛する人よ、側に居て

※ 注:しばらくこういうのを書いてなかったので全体的に不自然ですがご容赦下さい。また、内容の出来とこの記事の褒め具合には全く因果関係がありませんのでご注意下さい。全力で良いトコ探し。元ネタとして 「もしも明日が」(音注意) という曲は知っておくといいかも。

他に、何が言えるだろう?
他に、何が出来るというのだろう?

 命という一番難しいテーマを持ってきた作品。生き物としての命より人が人に与える影響、人としての本質的な別れが鍵になる。これらのテーマに対して多くの視点が示されるのですが、共通ルートの長さは気になります。多少ループしてる部分があるし、文法的におかしな点も結構アリ。誰のルートに行くにせよ明穂の逝き方が問題になるので、千早・つばさ・珠美の各エピソードは外せないという難しい設計ですが、個別ルートの導入をもう少し無駄なく書ければ……

だって僕は…過去を引きずる、そういう人間なのだから。

 立ち絵に後ろ姿があると視線の方向にバリエーションが出るので良いと思います。紙芝居的なシステムでも、三次元的に使えるのが理想的かな、とか。音楽は相変わらず。WHITE-LIPSの歌はちょっと取っ付き悪いかも知れないけど、物語との親和性はいつも高い。樋口秀樹氏のセンスも含め素晴らしいです。日常にしては大仰な編成のBGMも大好き。

いつかは失われる喜びだからこそ。
今の、この時を――大切にしていきたい。

 以下個別ルート。こんなに人の死について考えたのは久し振りかも。幅広い感情を励起してくれるという意味ではシナリオの完成度以上に楽しめました。勇気を持たない物語ではありますが、それ故に愛しいと思います。




・ 野々崎明穂 ―― 夏の追憶

私は、ただ…寂しかっただけ。
もう少しだけ、カズちゃんの恋人でいたかっただけなのよ…

 最後までプレイしてみると、全ての理由がそれだけではなかったように思います。作品中での時間経過によって、見守る者としての性質が大きくなる。明穂が幽霊になってから徐々につばさの危うさや一樹の弱さが明らかになっていくので、彼女も変化し続ける。

私は、この世に残る二人に…、幸せになって欲しい。
それが、今の私の…たった一つの願い事。

 生きている人達が強くなって、彼女の死を少しずつ乗り越えていく度に彼女の存在は薄くなる。明穂がしきりに口にする諦めにも近い、死者と生者の正しいプロセス。死んでいった者の想いがこれから生きていく人を幸せにすることはある。でもやっぱり、明穂という存在を目の前にしても、生者は死者に引き摺られるべきではないと思うのでした。

私は…、私という存在は――
夏の…想い出だったのね……

 対話によって未練を消し去った実を見てきたのに、終盤 『ONE』 の瑞佳ルートにも似た辛い展開になってしまったのは、一樹が明穂にこだわり続けたから。これからを共に生きていく家族・つばさでもなく、魂に刻まれた運命の人・千早でもない人とこれからを望んでしまったのだから。当たり前に選択すべき相手だと思っていた明穂が、選ぶべきでない存在になってしまった。それが一樹にとっての難しさになっていたのでしょう。

だったら、なんでわざわざ幽霊になったんだ…?
確かに、最初からあんまり意味なんて無かったのかもね。

 きっと、もう居なかった筈の明穂の心を聴けただけで価値がある。そういう見守る性質含めて明穂はつばさだけでなく一樹の姉であり母でもあったのかな、と思います。それだけに珠美ルートの明穂はかなり異質な感じも。自分に関して嘆くことはそれなりに多い明穂ですが、自分を殺した千早を赦したのに珠美は許せない? 自分だけでなくカズちゃんが絡むと簡単にはいかないか。

――明穂が死んだとき。
僕の心は、破滅に向けて転がり始めていた。
それを救ってくれたのは、こんな姿になっても側にいてくれる、明穂のおかげだった。

 「もしも明日が晴れならば」 と願うのは今が雨だから。あの丘の上で再び出会うために今はお別れ、なんて最初の段階でも出来ただろ、という意見も分からなくはないです。しかし、弱さに限りなく近い優しさで進行する彼らには (心理的に追い詰められる) 助走期間が必要だったのかな、と。

もしも明日が晴れならば  愛する人よ あの場所で
もしも明日が雨ならば  愛する人よ そばに居て

 明穂エンドには何か言うだけ無粋な感じ。実の 「年の差なんて関係ねー」 というセリフは明穂エンドにも繋がってたワケで、生まれ変わったら結婚するんだという言葉もなかなか意味深。しかし、10歳の明穂と付き合っていく30歳近いカズちゃんが逮捕されやしないかだけが心配です。しかもカズちゃんは小児科医……再び肉体を手に入れても苦難は続きますね。魅惑のロリボディが思いのままだとすれば安いモノ? いやはや羨ましい。




・ 野々崎つばさ ―― トリック・シスター

死んじゃったくせにっ!
いまさら付きまとわないでよっ!!!

 物語には翻弄される人材が必要で、ヒロイン側でその役目を背負ったのがつばさでした。それに最近局所的に流行っている邪悪要素をプラスした結果、なかなかカオスなヒロインに仕上がっています。やっぱりこういうキャラが一人は居ないと面白くない。(と思うのは自分だけ?)
 「わたしは、一体どんな役割を期待されているのだろう?」 という台詞、これは作品世界外に対するメタ発言ともとれる。現代の妹キャラには何が求められているのか? という疑問に対する一つの回答。一樹や明穂が千早を憎む気持ちも、つばさが明穂を疎む気持ちも有るのが正常。エロゲは正常であることが異端という不思議な世界なので、つばさはどちらかといえば異端なんだろうけど。

――微かにこみ上げる、征服感。
勝った。わたしはお姉ちゃんに勝ったんだ。

 徐々に病気じみてきた辺りは思い切ったなぁ、と思いました。しかし彼女の歪曲の根が姉妹関係にあるなら、一樹・明穂・つばさの三角形も同時に歪だったということになる。上にも書いた通り元々つばさの立場が圧倒的に弱くて、明穂の死から発生する取捨選択の作業が歪みを顕在化させたのだろう。つばさにとって愛すべき母であり姉、自分の感情を抑えつける壁、最も憎むべき仇敵 ―― それが明穂。

わたしは…、お姉ちゃんになりたかった…

 個人的には、つばさエンドに作品の真意が存在すると考えます。明穂はつばさの危うさを理解していたことから、結局明穂は成仏しなかった理由において 「二人が心配だったから」 と、嘘を吐いていなかったことになる。千早エンド含め、やはりこの物語は 「遺された者達」 へ向けられたモノであり、その辺りは本当に良く出来ている ―― このルートも海での別れに至るまでの経緯 (特に委員長の下りから明穂の企みまで) はかなり無駄が多かったように思いますが、姉妹の関係性と一樹の選択が見え易くて良かった。

私、決めたの。最期の未練が消えたら、あの世へ行く。
カズちゃんと、つばさを…、幸せにするの。

 明穂はその強さにより、自分の未練の一部を捨ててつばさを前に進ませた。これは代理母であり消えていく存在でもある明穂の役目で、そういう意味ではつばさエンドはこの作品に期待していた 「理想の別れ」 に近い。死にゆく者に幸せな記憶を、なんて考えてもどこにも到達点がない。それは別れを惜しむだけの行為だと明穂ルートで示された。だから未来のない明穂には、つばさと一樹の進む未来を信じさせてやるしかない。それが生きている人間に出来る限界だし、死んでいる人間にとっての限界でもある。

つばさは…、あの子は、私の妹だもの。
許せないことなんて、何もないわ。

 EDの 「あなたを照らす、月になりましょう」 は元々明穂を指す詩を持ちますが、中でもつばさルートでの明穂に強く対応している。つばさにとっては太陽が一樹で月が明穂なんだろう。月の狂気と太陽の影がつばさの暗部だったけど、最後には太陽は暖かくつばさを照らし、月の光はつばさの闇を溶かしたのでした。

お姉ちゃんからの、最後のお願いよ。
幸せになって。

 結論の意外性はないけど、幸せの安定度はつばさエンドが一番大きい。これからを生きていく人間が手を繋ぐ、最もあるべきカタチ。支え合うには近しい存在の方が適していると思う幼馴染み好きにとっては、そう思えてなりません。




・ 千早 ―― 500年振り、晴天。

貴方の怒りを、お見せ下さい。
どうか、存分に――お恨み下さい。

 カズちゃんも遠い時代を輪廻によって巡ってきた存在だった。つまり千早ルートは明穂エンドの逆命題に当たる流れ。彼女の歪みは時間が掛かっているだけに強固で、その上死んでいるので珠美ルートのような破壊的な解決法が難しい。不治の病で疎まれ、無実の罪で殺され……事実を知っても簡単に元には戻らない。設定的には 『ゆのはな』 のゆのはと似た性質を持っているのかな。

いつか…、千早姫に幸が訪れますように。

 ただ輪廻しただけなら割と単純な話。しかし転生体の一樹には既に女が居たとなれば一筋縄ではいかない。そりゃあ呪いの一つも零れ落ちるだろう。 (つばさが千早の立場なら、明穂を苦しませて殺した後にカズちゃんを籠絡することでしょう。あ、千早も大体同じようなことをしてるのか……) 明穂を殺してしまった罪悪感とイツキを一緒にいられる幸せに挟まれて、歪みは一層進行していく。

大丈夫かなって思って…、やっと成仏出来たのに…。
私がいなくなった途端に死んでどうするの!

 いやまったくです。 (一樹もまさか死ぬとは思ってなかっただろうけど) 千早が自己罰のループから戻れたのは、手を引く人がイツキの転生である一樹だったことと、周りの人々に愛されたから。自分が殺した相手にまで愛されてしまったら、自分で自分を罰し続けるのは難しい。この辺りから 「雛鳥」 は千早エンド対応と見ていいと思います。珠美の時に比べてやけにあっさり明穂が引いたのも、同じ人外でも千早が本気になってしまったら原理的に勝てないことを理解していたのかも知れません。

ありがとうって、言いたかったよ…っ!

 どうも千早エンドはある種のネタ晴らし編というか、裏面的存在に見える。個人的にはやはりこの作品においては明穂・つばさ・一樹の三人が主軸になるべきだと思うのでした。無論このルートも必要だとは思います。千早の存在と共に輪廻の概念を肯定して、明穂を救う足がかりになる。千早が救われたから、明穂はあのような形で転生できたのだし。 (時系列的にはこの順番) 「読み手の信じる結末が真実になる」 という意味では正しいマルチエンドを持った作品だな、とも。
 



湊川珠美 ―― 物語の犠牲者

時間は止まらん…、生きてるもんは、おらんようになった連中になんか、いちいち関わってられん…
せやから、死んでもうた奴は…この世になんかおらんほうがええ。

 決断することに決定的に弱い一樹に対して、純粋にパートナーとしては相性が良いでしょう。しかし攻略対象としての個性は重要にならない。中盤、実を見送って泣くところから個別ルートに入った辺りまでは順調に成長していた気がするのですが、最後には…… (この辺は後述)

何なのよ! もぉぉっ!!!

 珠美ルートでも忘れずつばさを出す辺りは流石、と言った感じでしょうか。極上のやりすぎ感が醸し出されていて素敵です。 (当然ながら、明穂の未練の一つであるつばさの危うさを解消することにも繋がっている) 自分と相手の立場を理解した上でどうすれば追い詰められるかという思考、そして実行することを躊躇わない気概が、つばさを魅力的にしていると思うのですよ。絶望的な死地に向かう勇気! お兄ちゃんの幸せのために、そして何より見ているだけだった自分を捨てるために。

じゃあ、はっきり言ってあげる。
お兄ちゃんに近寄らないで。

 結局珠美は、明穂やつばさを別方向から照らす鏡だったのでしょう。少しでも明穂の気持ちを一樹が理解して、つばさに新しい強さを身に付けさせるための存在。明穂を完全に排除した状態で一樹と珠美、つばさと珠美が向き合ったということも、明穂の願いと繋がっている。その疎外感と嫉妬から明穂は遂に未練を恨みに変えてしまうのですが……

今の明穂先輩はっ、怨霊っていうんやっ!

 嫉妬を示す蛇、珠美では無理だったという言葉。ここまで見れば分かることで、物語の中で四人には完全に違った役割が与えられている。物語の当事者・明穂、明穂の裏事象であり世界を補強する千早、家族としてのつばさ、他人としての珠美 ―― 今回の事件に対して他人である珠美には、明穂を殺す役割が。想いが力になる世界では、殺すことが出来る属性は珠美のような能力でしか実現できなかった。

天の邪鬼だった野良猫の正体は、実はウサギだったのかもしれない。

 珠美の性格の転換は、人格死の段階まで到達してると思う。 「幽霊も人も、そんなに嫌いとちゃう」 とまで再認識を進めさせておいて、明穂を殺させることの如何に残酷なことか。自分を変えてくれた友人の一人を、親友と恋人の大切な姉を殺さねば救えない。この時点で作中での積み上げによる人格は崩壊している。最終的に珠美は明穂からのメールで救われますが、あれは珠美という今までの人格の瓦礫の上に当人による免罪で周囲を塞ぎ、 「カズちゃんを支えて欲しい」 という言葉で方向性を与えた状態。完全に物語に翻弄され、本来の道からはかなり離れたところに着地した感じがあります。
 (いわゆる 「デレ化」 に関する議論に近いかも。あまりに豹変しすぎて、元人格の存在意義が分からなくなることもある。ツンデレ議論は詳しい人が他に沢山居そうなので簡単にしますが、珠美は元人格・ツン状態の土台が弱いタイプで、こういう場合デレ化が激しい。個人的には元人格が強固で、その強いツン状態にさらにデレ状態が加わる場合においてそのキャラは最強になりえると思ってます。脱線しすぎ?)




・ 委員長 ―― 御伽噺の終焉

ひとりぼっちなんて、それだけは許さない!

 「時間が残酷で一番優しい」 とは某有名作品の言葉ですが、独りで悲しみを継続させることを許さない世界の流れが辛さを忘れさせていく。それは明穂が見せた夢のような時間も埋没させていく強い力。

アタシは、香坂彩乃! 委員長なんて名前じゃない!

 これは役目を貰えなかった者の心の叫びか。でも、意味まで無かったワケじゃない。非道い言い方をすれば世界の正常化能力、良く言えば世界の優しさなのでしょう。珠美は物語世界の為に死んでしまったので、ある程度リアルな他者による救いは彼女が受け持ったのかも知れない。個別シナリオを作る意味は後付でも何とかなるでしょう。隙はそれなりに多い作品なので。




・ あとがき ―― 想い出は せめてもの慰め
 キャラ造形は非常に好きなんですが、つばさシナリオ以外はちょっと自分の考えていた雰囲気とは違ったかも。明穂を殺した千早に対して本気で一樹が怒れない状況になってしまったり、珠美の人格が破壊されたり、一樹が予想以上にヘタレだったり……ホントは明穂シナリオでこそ別れの重さを表現してほしかった。想い出をクローズアップした前半から覚悟をクローズアップする後半へ、ってのは歩みの遅い彼らにはちょうど良かったかな。


 つばさシナリオとつばさ本人はもう大好きとしか。二律背反、表と裏があってこその腹黒キャラでありキモウトだと思います。親友に寝取られれば皿を叩き割るし、姉が煩ければ死ねよと言うし、チャンスとあらば兄に体を開く。家族が大好きで大切にしたいというのも本音だから面白い。両立するには強さがちょっと足りなくて、その分作品中で成長する余地がある。ファンタジーなのに妙に生臭いこの作品において、真っ黒に輝くヒロインでした。


 (まぁしかし……明穂シナリオについて一応触れておきます。後半グダグダすぎ! 単一の状況に対してシナリオの全長が長すぎるし、学園祭以降は 『"Hello,world"』 の後半のような気分に。中盤をシェイプアップしつつ、成仏のシーンにもっと上手く繋げてほしかった。後半の 「場面力」 の欠如にはもう残念な思いでいっぱいです)


 ところで、よく似た題材を扱っている 『Lien』 は別れに関して極上だと聞いた。コンシューマ版は発売中止になったようだから、PC版をプレミアにビビらず買うべきだろうか。