マイナーエロゲー発掘企画向けのアレとか。

 仕事の合間に勢いで書いてみた。別のところで使うはずだった紹介文やメモ書きを流用してるので、なんか長くてマジキモーイな内容ですが……まあ賑やかしくらいには。選定基準としては"入手難易度が低い・中古が安い・ちょっとだけマイナー"という感じ。もちろんサイトカラー的な意味で、内容もマイノリティ向けのエロゲを優先。

Fizz『朝凪のアクアノーツ』
朝凪のアクアノーツ 初回版
 人魚伝説と言われて、あなたは具体的に何を想像するだろうか。ディズニーの『リトルマーメイド』かギリシャ神話のセイレンあたり? そう考えた人はこの作品に向いていないかもしれないし、そうでもないかもしれない。

 本作は萌えっとした中堅メーカーらしいエロゲ……に見えるものの、実際はもっと気持ちの悪い何か。時間を超えて存在し続ける人魚と人間のお話で、永遠をテーマにしたエロゲの中では珍しいアプローチの作品。人魚と不老不死の関連性から見れば、高橋留美子の人魚シリーズがかなり近い。(そこまでハードではないけれど)

 『朝凪のアクアノーツ』は、プレイした後の視点でもなかなか上手く定義できない。技巧的ではないし革新的でもない、誰がターゲットなのか全然分からない作品に見えてしまう。人魚伝説に美しさ以上のものを求めるプレイヤーや、永遠のもたらすものについて興味のある人間がどのくらい存在するのか全く分からない。エロゲは販促の性質上、外見と中身にギャップがある作品が多くて困ります。

 その中で一つ明確な魅力を挙げるなら、作中に偏在する悪趣味さ。特に深緒(表ヒロイン)とかなか(裏ヒロイン)の対称構造には、軽薄に語られる永遠の愛、運命共同体としての恋人関係に対する皮肉が利いている。詰めは甘いと言わざるを得ないけれど、その異物感に一部のプレイヤーは頭を抱えることになるでしょう。(特に、感情移入するタイプのプレイヤーは) 少なくとも和服萌え&濡れ透けエロスだとかOPテーマの「Aqua Voice」に騙されてはいけない。

 永遠は間違いなく人格を摩耗させる。こんな筈ではなかった、もっと上手くやれるはずだった――そう言ってみたところで、今さら何を取り戻せるわけでもない。夢は花を落とすように姿を変えて、簡単に絶望にすり替わる。孤独と引き換えにその手に残るものは、どんな夢でしょうか?

130cm『PrincessBride!』
プリンセスブライド BOX SET
 主題歌を知ってる人は多いと思いますが、本編をプレイした人はかなり少ないんじゃないかな。作品をとりまく環境も面白いし、作品自体も面白い。でもファンディスクの『PrincessBrave!』はやらなくてもいい。

 五人の女の子からいきなりプロポーズされて……というありがちでキャッチーな場面からスタートする割に、個別ルートの展開はエッジが効いている。それぞれの美味しいシチュエーションよりも、迫られる側の負担や理不尽なルールに焦点を当てていて、その遣り取りはある種の人身売買のようにも見えます。カードで身体と心を売る「プリンセスゲーム」は、歴史的な悲劇、魔女の思惑、泥棒猫の後ろめたさ、無垢な姫君の残酷を含んで、真っ白なシーツを五人の破瓜血で染めるのです。

 メインライターであるところのウツロアクタは、女性性に対してとても大きな"強さ"を見ているのでは、と思います。彼のいくつかの作品を経験した今なら分かるけど、やってることは芯が通っている。一部個別ルートを担当している元長柾木の神話的センスと合わせて、この作品の真っ直ぐさを演出している。

 五人の少女のロマンスは馬鹿げたゲームも王子様も押し流して、全ての枠組みを壊していく。進撃する戦車のような少女性、その爽快さは名曲「Sledgehammer Romance」(EDテーマ)に歌われる通り。プリンセスたちの鋼鉄の愛、受け止めきれるでしょうか?

TJR『BackStage』
BackStage 初回版
 役者バカ一代・エロゲ編。あんまりエロくないけど。夢を忘れた大人のための強力なカンフル剤とも言えるか。そういう意味では十八禁。

 表現者を題材にしたエロゲは少なからず売られているけれど、『BackStage』と同程度の熱量を含む作品は『らくえん』くらいしか心当たりがない。しかも比較的身近な小説家や絵描きではなく、生身の役者という馴染みの薄い表現者についてやろうってのは相当な冒険だったに違いない。売上はともかく創作的には大成功だと思う。役者バカをバカ正直に記述するのがこんなにも面白いとは! 作中の言葉を借りれば、「人間とは元々面白いものなのだ」ってところか。

 主人公の諸橋光明(通称:コーメイ)は、極めてアンバランスな人間として描かれている。短期のアルバイトで生計を立てながら役者を目指す青年(二十代中盤〜後半)で、蓄積した社会性をほとんど持たない、芝居のことにしか真剣になれない、底辺と言って差し支えないレベルの人間。序盤の言動はかなり不快で、間口の狭いこの作品でさらに脱落者を量産する。
 そのコーメイを十年あまり見つめ続けてきた"先輩"、水鏡京香。大手プロダクションの社長を親として生まれ、役者として類希な能力を持ち、可愛らしい外見と優秀な頭脳を兼ね備える彼女。何も持たないコーメイの対比はとても残酷だ。先輩後輩よりも戦友と言うべき関係の二人は、圧倒的に断絶している。

 役者の道を捨て裏方として働く彼女に、コーメイが抱く感情が想像できるだろうか。彼は京香の背中に憧れて役者を志したというのに。幼い憧れと踏み込めない苛立ち、それらが諸橋光明をさらに屈折した人間にしている。そして彼が懊悩すればするほど、この作品は魅力的になっていく。ああ、なんて愛らしい"人間"だろう!
 圧倒的な情熱を燃料に、みっともない姿を晒しながら、役者という夢に向かって足掻く姿。小さなきっかけで生まれてしまったその夢は大きく育ちすぎて、もう引き返せないところにまで来てしまった。花開く前に死ぬしかなかった彼の運命を、京香が立ち上げた劇団「バックセット」との出会いが変える。

 生きるか死ぬかではなく、甲と生きるか乙と生きるかに悩まなければいけない現代。夢が持つ意味とは何か、人間の情熱の根源とは何か、当たり前の幸福に全力で石を投げつける問題作。嘆く前に、冷める前に、憎む前に、やるべき事があるだろう。